石畳で雰囲気あります。  
  もうひとつの日光「神橋〜滝尾神社コース」

                《写真; 滝尾参道》

         開山堂から奥に進むと、石畳が滝尾神社まで
        敷かれています。静かな滝尾参道。
       ガイドブックにはあまり載っていない
        「もう一つの日光」を満喫してみてください。

 
    1. 神橋
神橋は工事中
  
大谷(だいや)川にかかる重要文化財。
  日光開山の祖、勝道上人が、川を渡れず
  にいたところ、赤青2匹の蛇が両岸を結ん
  で上人を渡してくれたという伝説が残ってい
  ます。

  平成13年4月現在修復工事中で覆いがか
  けられています。その費用は85,000万円
  とも!
  2. 板垣退助銅像
    なぜここに「板垣退助」の銅像が?と不思議に思うでしょうが、日光の
    重要な建築物が今のように残っているのは彼の功績なのです。
     ※明治元年の戊辰戦争の折に、官軍の参謀だった彼が話し合いで
       戦いを収めたために、日光廟を戦火から守ったと言われています。
  3. 星の宮(磐裂神)
     勝道上人が夢の中で「日光山を開け」とお告げをいただいた明星天子
     を祀った朱塗りの社殿です。
   4. 天海大僧正銅像
     家康の遺言を守り、日光に改葬し東照宮の壮健に尽力した天海
     大僧正の像。2の板垣退助銅像と、国道を挟んで反対側に立っています。
     日光市内に入ってきた観光バスの車中のガイドさんは、ここで
     2の板垣像・この天海大僧正像・更に1の神橋をいっぺんに案内す
     るので大忙しです(^^)。
朱塗りのお堂

  5. 深沙王祠(じんじゃおうし)
   神橋の正面に立っているお堂。橋へと姿を変え、
   勝道上人を渡した赤青2匹の蛇(深沙大王)を
   祀ってあります。
     
 太郎杉

6. 太郎杉
   5の脇に立つ大杉。推定樹齢は530年。脇を修学
   旅行バスで通ると「でけ〜〜」と小学生はびっくり。
   国道の幅を広げるために切られそうになることも
   あったけれど、難を逃れ、日光山のシンボルの
   1つになりました。  
   7. 杉並木寄進碑
    松平正綱公が親子2代20余年をかけて植えた日光杉並木を、東照宮
     に寄進した記念碑。杉並木を良く見たいかたには、今市IC下りて国道
     に出たところにある「杉並木公園」がオススメです。     
   8. 本宮滝
     7の寄進碑の隣にある小滝。本宮神社の近くにあるのでこの名が付き
     ました。私が行った日(2001年4月3日)は涸れていました。
   9. 本宮神社
     ちょうど日光駅からまっすぐ来てT字路にぶつかる正面に立っています。
     日光ニ荒山神社の別宮で、重要文化財に指定されています。「危険」
     「立入禁止」の柵があり、近付けませんでした(;_;)。
  10. 四本竜寺紫雲石
     本宮神社拝殿裏手。勝道上人が草庵を設けた日光発祥の地。三重塔
     手前にある約1メートル四方の平たい石が紫雲石で、勝道上人が礼拝
     の折、このあたりから紫雲が立ち上り男体山のほうへたなびいたそうです。
  11. 四本竜寺三重塔
     重要文化財に指定されている総朱塗りの塔。源実朝ゆかりの塔で、最初
     は東照宮近くに建てられていたのが後に現在地に移されたそうです。
  12. 四本竜寺観音堂
     重要文化財に指定されている、寄棟造り・丸柱素木地の建物。「金剛堂」
     とも呼ばれています。
  13. 小玉堂(児玉堂)
     桜の馬場公園への沿道にある朱塗りの堂(重要文化財)。弘法大師が
     滝尾で修行していた折に池から浮かび出た大小2つの白玉のうち、
     小玉を虚空蔵菩薩の本尊として、この小玉堂を建てて祀りました。
  14. 甲良豊後守宗広銅像
     桜の馬場公園内にたつ。甲良宗広は東照宮大造営で、設計・施行の
     指揮に当たった、幕府の作事万大棟梁。出身地の滋賀県甲良町と
     日光市は昭和52年に姉妹都市になりました。
  15. 教旻僧都(きょうびんぞうず)の墓
    
東照宮社務所脇にある教旻(勝道上人の従弟)の墓。教旻は、日光山
     に、座主制を設けるなど多くの功績を残しました。東照宮創建の折に、
     周辺墓地を移動させようとしたところ、彼の墓だけが墓石が動かなかっ
     たり、人夫が怪我をしたりで、例外的にこの場に残されたというミステ
     リアスな話が残っています。
    16. 養源院跡
     水戸頼房の養母・英勝院が建てた寺跡。現在は墓石ニ基が残るだけ
     ですが、その昔、奥の細道行脚の芭蕉も、まずこの寺を訪ねてから
     東照宮を拝観したそうです。
開山堂と観音堂 17. 開山堂
   
勝道上人の供養の霊廟として建てられた
    朱塗りの堂(重要文化財)。
            ※写真:右は開山堂、左が観音堂
  18. 勝道上人の墓
     開山堂の裏にあります。墓石に生した厚い苔が歴史の深さを実感
     させてくれます。
  別名、香車堂
  19. 観音堂(産の宮)
    開山堂の隣。たくさんの将棋の駒が並べ
    られているので目を引きます。香車の駒
    を妊婦が借りて帰り、神棚に祀ると、直進
    しかできない香車にちなんで、安産だと言
    う信仰があります。出産後に新しい駒とと
    もに返却することになっていて、駒の裏を
   見ると出生日と赤ちゃんの名前が書かれ
   ていました。
  20. 陰陽石
   19の観音堂の左手にある二つの自然石。男性(陽)と女性(陰)を示します。
  21. 仏岩
    開山堂の裏の断崖一帯。仏に似た岩が並んでいたのでこう呼ばれた
     のですが、地震で崩れ、今では岩のくぼみに石仏が並べられているだけ
     です。
  22. 北野神社
     菅原道真を祀る神社。23の手掛石とセットにお参りし、学問向上と
     字の上達を祈ったようです。
  23. 手掛石
     滝尾参道の途中、右手にある巨岩。北野神社に詣でた後、この石を
     欠いて持ち帰り、神棚に供えると字が上達するという信仰があります。
  24. 神馬の碑
    参道(滝尾道)の木立の中にあります。家康が関ヶ原の合戦に乗った
    名馬で、東照宮の背後・この地に埋葬してあります。
  25. 飯盛杉
    
参道(滝尾道)の周辺の500年以上の老杉群の一本。飯を盛ったよう
     な形だったので、この名前がついたそうですが、現在はどの木が
     飯盛杉だか分かりません。 
苔生した石碑


26. 大小べんきんぜいの碑
ここからは滝尾神社の神域に入るため、大小便の
不浄を禁じた石の標柱。庶民にも読めるように
「かなまじり」で書かれています。
  27. 白糸の滝
     滝尾神社の石段手前を左に少し入ると、白糸の滝を見ることが
     できます。滝自体は小さいけれど、文明18年(1486年)の書物
     にも出てくるのをはじめ、古くから知られていた名瀑です。
  28. 別所跡
     滝尾神社の石段を登り切ったところ右手。この辺りに真言密教の
     道場があったそうです。
  29. 影向石(ようごうせき)
     滝尾神社参道右手奥にある、地蔵尊を祀る大石。弘法大師がここ
     から神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が姿を現したといい、
     滝尾神社には女神が祀られているそうです。   
 

30. 運試しの鳥居
  滝尾神社参道にある石の鳥居。額束の真中にある
  穴に、小石を三つ投げてうまく通ると、願い事が叶う滝尾神社と運試しの鳥居
  といいます。私も3つ投げてみましたが、穴を通るど
  ころか、撥ね返り、頭にゴツンと当たりました(;_;)。
  私の運っていったい・・・。
 
       穴は小さい・・・
  31. 滝尾神社
    弘法大師の創建。ニ荒山神社の別宮で日光三社権現のひとつ。
  32. 縁結びの笹
     滝尾神社境内に、石柵に囲まれてあります。片手の親指と小指だ
     けで葉が結べれば、結婚したい相手と結ばれるという信仰がある
     のですが、「保護のため、結ばないでください」と書かれた札が
     かかっていました。
  33. 神木(三本杉)
     滝尾神社本殿背後にある三本の巨杉。当初の御神木は既に倒れ
     現在の木は二代目です。神木なので、倒れた木はそのまま横たえ
     てあるとのことですが、気がつきませんでした。
  34. 滝尾稲荷神社
     滝尾上人が朝のお供えを忘れると、稲荷の神が化けて催促に出た
     という伝説があります。滝尾神社周辺は、平日ということもあり、
     本当にひっそりしていました。
  35. 酒の泉
     滝尾神社境内にある小さな池。この水を元に酒を造ると良い酒が
     できると、栃木県内醸造家からも崇敬が厚いようです。現在は、
     ニ荒山神社・新苑で新酒を奉納する報醸祭をしています。
  36. 子種石
     35の酒の泉から天狗沢を挟んだ対岸にある巨石。安産祈願をする
     と霊験があるそうです。名前もそのままですね(^^)。
  37. 行者堂
     女峰登山道の出発点。本尊は奈良時代の山岳呪術者で修験の祖・
     役小角(えんのおずぬ)。堂には、わらじがたくさん結び付けられて
     いました。
赤いよだれかけをしたお地蔵様
 38. 空烟地蔵
    37の行者堂から坂道を下ったところ。男体山登頂
    を試みる勝道上人の前に地蔵が現れ励ましたとい
    う話を聞いた安部家が建立しました。